【犬】膝蓋骨脱臼(パテラ脱臼)と症例紹介「大型犬の膝蓋骨内方脱臼の滑車溝造溝術」
滋賀県 草津市/大津市のエルム動物病院です。
今回は整形外科疾患の「膝蓋骨脱臼(パテラ脱臼)」についてと、「大型犬の膝蓋骨内方脱臼の滑車溝造溝術」の症例をご紹介します。
■膝蓋骨脱臼(パテラ脱臼)とは?
膝蓋骨脱臼は小型犬のトイ犬種に多く発生する代表的な膝関節疾患です。膝蓋骨(膝のお皿)が大腿骨の滑車溝から外れて、脱臼してしまいます。
<参照:Elanco「犬の骨と関節の病気」>
人や猫では膝蓋骨(膝のお皿)が外れることは滅多にありませんが、犬では頻繁に起こります。脱臼の方向によって、膝蓋骨内方脱臼、膝蓋骨外方脱臼、両方向性脱臼に分類され、小型・中型犬ではその多くは内方脱臼です(当院の統計では98%が内方)。
<膝蓋骨脱臼の原因>
- 先天性(遺伝性、生まれつき、手のひらサイズの時から外れている)
- 習慣性(フローリングでの疾走時に転倒、全力疾走時の急ターンなどの運動時に滑るなどを繰り返すうちに徐々に膝蓋支帯が伸びて進行)
- 急性外傷性(落下・衝突・交通事故など)
に分けられますが、圧倒的に多いのは習慣性です。
小型犬に発生する膝蓋骨脱臼の多くは外傷とは無関係に、習慣性に発生し、治療可能ですが、先天性・重症例においては成長期中に後肢骨格の正常な発育を障害し、急激に骨の変形まで進行してしまい、治療困難になることもあります。大腿骨・脛骨の矯正骨切り矯正術まで実施して改善させることも可能ですが、高度な診断・手術技術・高額の手術費用が必要となります。好発犬種はトイプードル、チワワ、ヨークシャーテリア、ポメラニアン、マルチーズ、柴犬、キャバリアなどです。
■膝蓋骨脱臼の症状とグレード
臨床兆候は、脱臼の重症度および骨格変性の程度などにより様々です。
□ 跛行(重症度によって様々)
□ スキップ様歩行
□ 患脚の挙上(脚を浮かせる)
□ 段差やジャンプを躊躇する
□ 膝関節を屈伸・伸長を繰り返す(膝蓋骨を整復しようとしている) など
<グレード分け>
※参照:Vetz Petz「犬の膝蓋骨脱臼について」
■グレード1(Grade Ⅰ)
膝蓋骨を指で押すと溝から浮き上がって脱臼するが、押すのをやめるとすぐに正しい位置へ戻ります。
■グレード2(Grade Ⅱ)
膝蓋骨を指で押すと簡単に脱臼し、普段から脱臼したり戻ったりを繰り返しているが、肢を曲げたりひねったりすることで、基本は正しい位置に戻っていきます。
■グレード3(Grade Ⅲ)
常に脱臼している状態で、膝蓋骨を正しい位置に戻してもすぐにまた脱臼してしまいます。
膝蓋骨を支えている膝蓋支帯という靭帯は伸びてしまっており、関節の軟骨を日々すり減らしている状態になります。
■グレード4(Grade Ⅳ)
常に脱臼している状態で、正しい位置に戻すことはできず、軟骨はすり減り続け、関節包も肥厚し、大腿骨や脛骨がねじれ変形を起こすなど、末期状態です。膝関節の前後の動きと内旋を抑えている前十字靱帯断裂にも直結する状態と言えます。
■膝蓋骨脱臼の診断・治療
Step1
問診・視診・一般身体検査
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Step2
歩様検査
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Step3
触診(整形外科学的検査)
内方脱臼・外方脱臼の診断
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Step4
レントゲン検査
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Step5
外科的治療(または内科的治療)
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Step6
リハビリ
■膝蓋骨脱臼の外科的治療
手術では下記を達成するために、各症例に合わせた複数のアプローチを実施します。
①大腿骨の滑車溝において膝蓋骨を安定させる
②膝関節構造の位置不良を正しくする
具体的には手術では、これらの事項について整復を行います。
・大腿骨の溝を深くする
・内側・外側に引っ張る強さの調整
・靭帯の向きの修正
・周囲の筋肉のバランスの調整
手術には、下記の方法があり、ワンちゃんの状態により最適な術式を選択します。
①大腿骨の滑車溝において膝蓋骨を安定させる目的のもの
・滑車溝造溝(後退)術 ※必須
膝蓋骨が動く滑車溝(くぼみ)の硝子軟骨を一度切り出し、その下の海綿骨を削って硝子軟骨を落とし込むことで滑車溝を深くして、膝蓋骨が脱臼しにくくする術式で、当院では必須で行います。
この術式の中にも、どのように滑車溝を深くするかで、ブロック状造溝術や楔状造溝術、またはその中間くらいの方法に分けることができます。
・滑落防止スクリュー設置術 ※滅多に行いません
グレード4以上の重度の膝蓋骨脱臼で一時的(or恒久的)に実施することもあります。
膝蓋骨を覆う膝蓋靱帯のすぐ隣にスクリュー(ねじ)を設置し、これを越えて脱臼するのを防ぐ術式です。基本、筋肉や靭帯にとっては異物として違和感・擦れの痛みも考えられ、ある程度の期間で除去も検討します。
②膝関節構造の位置不良を正す目的のもの
・脛骨粗面転移術
脱臼に伴い、ずれてしまっている脛骨側の靭帯が張り付く面(脛骨粗面)を切り出し、靭帯・膝蓋骨・脛骨が直線的に並ぶように整復する術式です。膝蓋骨靭帯を脛骨粗面に付着させたまま骨へのアプローチを行うため、靭帯には影響を与えません。
・内側(外側)筋肉切離
膝蓋骨を内方あるいは外方に必要以上に引き寄せようとする筋肉、内側の場合ならば前部縫工筋や内側広筋を部分的に切り離し、正しい膝関節構造の位置へ戻す術式です。
・外側(内側)膝蓋支帯切除縫縮
膝蓋骨を内方あるいは外方に維持する靭帯を、脱臼に伴い伸びてしまった分を切除して縫合することで、正しい膝関節構造の位置で安定化させる術式です。
・大腿骨あるいは脛骨の骨切り術
グレードⅣ以上で、骨のねじれや歪みが重度で、筋肉が常に張った状態になっている場合に、骨を切って正常な向きに戻す術式です。
大腿骨あるいは脛骨を切除し、回転や短縮することで、筋肉にゆとりを持たせることもあります。かなり重度に進行した場合に適応となります。
■膝蓋骨脱臼の内科的治療
①内科的治療
腹部内臓・心臓の病気・ホルモン疾患・高年齢などによっては手術ができず、保存療法しかできないこともあります。この場合、いかに生活の質を落とさずに今の状態を悪化させないかに焦点をあてることになります。
・肥満症例は体重を落とすこと
・滑りにくい床にするなどの生活環境の改善
・膝をひねるような激しい運動・遊びを控え、まっすぐの歩行・走行を心がける
・オメガ脂肪酸、グルコサミン・コンドロイチンなどのサプリメント
などが有効で、当院でもおすすめしています。
ただし、膝蓋骨が脱臼しているという根本的な問題を解決するためのものではないため、特にグレード2 以上では、関節炎や骨変形は進行し、前十字靭帯への負担も増していくのが一般的で、保存療法で脱臼している状態が治る、という意味ではありません。
成長期中の膝蓋骨脱臼は、特にトイ犬種(プードル、チワワ、ポメラニアン、ヨーキー、イタリアングレーハウンドなど)では急速に骨の変形が進むため、痛くなさそう、まだ小さいから、などと様子を見ていると手遅れになることが多いので、保存療法で様子は見ず、早急に整形外科のできる獣医師に相談してください。
脱臼整復位での屈曲運動や、短時間の整復手術をすることで、そのような最悪の事態を回避できることもあります。
そのほか、サポーター(装具)で治らないのか?との質問も時々ありますが、人の膝のようにサポーターが決まりやすい「くびれた形の膝」ではないため足先に向かってズレやすく、膝を安定固定し続けることは難しいです。多くの動物整形外科医が、サポーターで犬の習慣性脱臼が治ることはない、と述べております。
②緩和療法
痛みが強い時には、基本的にNSAID’sという痛み止めを飲んで安静にしますが、長期的に飲み続けるのは腎臓や胃腸などに負担がかかります。
2023年の夏以降、1ヶ月効く痛み止めの注射(リブレラ)も発売され、当院でも慢性疼痛の緩和としてはとても良い効果を感じていますが、脱臼するのも治す注射ではありません。
ここからは実際の手術症例をご紹介します。
手術中の写真もあるため、ご了承いただける方のみお進みください。
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■大型犬の膝蓋骨脱臼の症例
前十字靭帯断裂疑いで、他院様より紹介のあった約40kgのピッドブルです。(肥満・とてもおとなしい子です)
各種検査から、前十字靭帯断裂ではなく、『膝蓋骨内方脱臼』と診断し、外科手術を実施いたしました。
大型犬では、膝蓋骨内方脱臼だけでも強い炎症が起こり、関節液が貯留して、疼痛や跛行(びっこ)も強いため、前十字靭帯断裂を起こしたのではないかと考える主治医さんも多いです。
(この段階で関節鏡で見れば、多少の前十字靭帯断裂はあるのかもしれませんし、前十字靭帯部分断裂症例にTPLOを行うことで、完全断裂を予防する効果もあるという論文はあります。しかし、当院では大半以上が切れた前十字靭帯断裂の症状のある症例でのみTPLOを行っています。)
40kgとなると、手術台いっぱいの大きさです。
膝蓋骨が滑車溝から大きくズレています。
消毒処置の後、滅菌フィルムを貼り付け、細菌が関節内に入り込むことのないように準備し、皮膚・皮下組織と切開していきます。関節包を開けた瞬間に、関節液が噴出してきました。いわゆる膝に水が溜まっている状態です。
関節炎は重度で、内側陵の軟骨は削れ、普通存在しない花びらのようなものは、軟骨や関節包が炎症で肥大化したもの(増生した繊維軟骨)です。小型犬はグレード4くらいにまでならないと、ここまで増生した繊維軟骨などができることは少ないですが、大型犬は膝蓋骨脱臼グレード2−3でも強い炎症が起きてしまっている証拠です。これらをキレイに除去していきました。
続いて、大腿骨滑車の溝を深くする工程です。まずは滑車溝の硝子軟骨に切り込みを入れていきます。大型犬ではサージタルソー(医療用電動ノコ)と骨ノミを用います。
大腿骨滑車溝をブロック状に切り出し、一度外していき、海綿骨や軟骨を削っていきます。
削って大きさを調整した硝子軟骨を、元の場所に戻します。一段階落ち込んだ深い溝ができました。
続いて、膝蓋骨を内側に引っ張る筋肉にもアプローチしていきます。膝のお皿が内方脱臼していたことで、筋肉や靱帯にも内側に引っぱる癖ができてしまっています。前部縫工筋、内側広筋という筋肉を部分解離して、内側に引っぱる力を部分的に緩めました。
次は伸びてしまった外側の処理で、まずは関節包を適切な長さまで切除したのち、PDSplusという感染に強い単線の長期型吸収糸で縫合します。
更に、深くした滑車溝に膝蓋骨を圧着するために、伸びきってしまった大腿筋膜を切り取って縫合していきます。
痛み止めを局所注射し、最後に皮下組織と皮膚を丁寧に縫合して終了です。
(肥満で皮下脂肪が多く筋肉も分厚いため、小型犬に比べると傷口は大きくなりました)
術後の様子です。手術頑張ってくれました!
膝蓋骨脱臼を様子見・放置した結果、このように重度の関節炎を起こしてしまう前に、早期に膝蓋骨の内方脱臼を整復することを、当院では強くおすすめしています。もう少し進めば前十字靭帯完全断裂にも波及し、負重して歩くことができなくなり、TPLOという特殊な手術が必要になって、さらに手術が大規模になります。特に大型犬では、膝蓋骨脱臼を放置・様子見しないことをお勧めします。
当院は整形外科において、他院からの依頼症例も多数受けており、2024年3月現在で整形外科の執刀総数が1,797件あります。
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